「方針を社内に周知した」「相談窓口を設置した」「マニュアルを作成した」——そこまで対応を進めた企業の担当者から、「これで義務化対応は終わりましたよね?」と聞かれることがあります。
答えは、「まだわからない」です。
2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が事業主の義務となりました。従業員が1人でもいれば、業種・規模を問わず対象になります。
多くの企業が対応を進めている一方で、「書類上は整っているが、現場では何も変わっていない」という状態に陥るケースが少なくありません。
この記事では、義務化対応で陥りやすい「準備した気」のパターンと、体制が本当に機能しているかを確認するための基準を整理します。
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2026年10月施行、義務化で企業に求められること
まず前提として、今回の義務化で企業に求められる措置の概要を整理します。
厚生労働省の指針では、事業主が講ずべき措置として主に4つの柱が示されています。
1. 方針の明確化と周知
カスハラを容認しないという企業としての方針を明確にし、社内外に周知すること。
2. 相談窓口の設置
従業員がカスハラ被害を相談できる窓口を整備し、適切に対応できる体制を作ること。
3. 被害を受けた従業員へのケア
被害後の対応として、メンタルヘルスへの配慮や、必要に応じた配置転換などを行うこと。
4. 再発防止措置
発生した事案を記録・分析し、同様の問題が繰り返されないよう対策を講じること。
これらの措置は「義務化への最低限の対応」として広く知られています。ただし、重要なのは「書類上で整っているか」ではなく、「実際に機能しているか」という点です。
「対応した」はずなのに機能しない——5つのパターン
義務化対応を進めた企業の現場では、いくつかの共通した落とし穴が見られます。
パターン1|方針を「公表」しただけで現場に届いていない

Webサイトにカスハラ対応方針のページを作成した。社内規程を更新してイントラに掲載した。しかし、現場スタッフはその存在を知りません。
方針の公表は必要な措置ですが、公表しただけでは「従業員を守る」という機能を果たしません。
「会社はカスハラがあっても自分たちを守ってくれる」という実感は、書類ではなく言葉と行動によって作られます。経営トップが直接伝える、管理職が部署ミーティングで話す——そういった「人から人への伝達」がなければ、方針は形式的なものにとどまります。
自社での確認ポイント:現場スタッフに「会社のカスハラ対応方針を知っていますか?」と聞いたとき、答えられる状態になっているか。
パターン2|マニュアルが作成後に使われていない

カスハラ対応マニュアルを作成しました。しかし、その後一度も研修やロールプレイは実施されておらず、スタッフの中には「マニュアルがある」こと自体を知らない人もいます。
「いざとなったら見る」というマニュアルは、実際の場面では機能しません。
カスハラが発生した瞬間、現場スタッフには冷静にマニュアルを確認する余裕がありません。どこまで対応するか、いつ上司を呼ぶか、何を記録するか——これらは事前に繰り返し練習しておかなければ、実際の場面で判断できません。
自社での確認ポイント:マニュアル作成後に、ロールプレイや事例研修を少なくとも1回実施しているか。
パターン3|相談窓口を設置したが誰も使っていない

相談窓口を設置しました。しかし設置から半年が経っても、一件も相談が来ていません。
「相談がないということは被害がない」と考えたくなりますが、実際には逆のケースが多くあります。
相談が来ない主な理由は3つです。まず、窓口が「直属の上司に相談する」という構造になっており、上司との関係を考えると相談しにくい状況があります。次に、過去に相談しても何も変わらなかった経験が積み重なり、「相談しても無駄」という諦めが生じています。そして、窓口の存在自体をスタッフが知らないケースもあります。
相談窓口は「設置すること」ではなく「使われること」が目的です。
自社での確認ポイント:窓口の存在を全員が知っているか。上司を介さずに相談できる経路があるか。
パターン4|発生した記録が残っていない

カスハラが起きました。対応しました。終わりました。しかし、記録がありません。
記録がないと、まず「言った・言わない」の問題が生じやすくなります。顧客から「そんなことは言っていない」と言われたとき、記録がなければ対応が困難になります。また、傾向が把握できないため、どの時間帯にどんな種類の行為が多いかが見えず、効果的な再発防止策が立てられません。
特定の顧客から繰り返し被害を受けているにもかかわらず、それが組織として認識されていないケースも少なくありません。
自社での確認ポイント:発生時に記録するフォーマットがあり、実際に記録が蓄積されているか。
パターン5|被害後のフォローがない

カスハラ対応が終わった後、被害を受けたスタッフへのフォローが「お疲れ様でした」だけで終わっています。
カスハラを受けた従業員が陥りやすいのは、「自分の対応が悪かったから、あんなことを言われた」という自責の気持ちです。そのまま放置されると、次の被害でも我慢するようになり、最終的には離職という形で職場を去ることになります。
被害後のフォローは、従業員のメンタルヘルスだけでなく、「会社は自分を守ってくれる」という信頼の問題でもあります。
自社での確認ポイント:被害後に、上司や人事がスタッフに個別にフォローする仕組みがあるか。
本当に機能する体制の3つの条件
5つのパターンに共通しているのは、「作った・設置した」という事実と、「機能している」という状態の間にある大きなギャップです。
義務化対応が本当に機能するために必要な条件を、3つに整理します。
条件1|経営が「守る姿勢」を繰り返し示す

一度宣言すれば終わりではありません。経営トップが継続的に「この会社はカスハラがあっても従業員を守る」という姿勢を言葉と行動で示し続けることが、現場の安心感を作ります。
管理職が「上が本気で動いている」と実感できなければ、現場への周知も形式的なものになります。経営の本気度が、組織全体の対応の本気度を決めます。
条件2|現場が「動ける」状態を作る

知識を持っていることと、実際に動けることは別の話です。
カスハラが発生した瞬間に冷静に判断して動くためには、事前の訓練が必要です。ロールプレイで「この場面ではどうする?」を繰り返し練習することで、判断基準が体に染み込みます。「マニュアルを読んだことがある」と「実際に対応できる」の間には、大きな差があります。
条件3|相談が「受け取れる」組織文化を作る

相談しても不利にならない、相談したら何かが変わるという実績を積み重ねることで、「相談できる文化」が育ちます。
逆に、相談してきたスタッフに「大げさだ」「そのくらい我慢しろ」と言われた経験が一度あるだけで、その職場全体の相談のハードルが上がります。文化は制度ではなく、日々の対応の積み重ねによって作られます。
義務化対応を機能させるために研修が果たす役割
3つの条件に共通しているのは、「組織として動けるようにする」プロセスが必要だという点です。
方針を作ることはスタートにすぎません。現場が実際に動けるかどうかは、知識を提供するだけでは変わりません。行動が変わるためには、繰り返しの訓練と、現場が直面する場面に即した練習が必要です。
また、経営層・管理職・現場スタッフでは、必要な内容が異なります。経営層には「組織としての方針と決断」、管理職には「現場を守るためのマネジメントスキル」、現場スタッフには「発生時の判断と対応の訓練」——それぞれに合わせた研修を設計することが、実効性を高めます。
「研修を1回やった」で終わらせることも、よくある落とし穴の一つです。カスハラ対応は、新入社員が入るたびに、職場環境が変わるたびに、定期的に繰り返す必要があります。
義務化対応を「書類の整備」ではなく「組織が動ける状態の整備」として捉えたとき、研修はその中心的な手段になります。
まとめ
この記事のポイントを整理します。
- 義務化対応は「書類上の整備」と「実際の機能」は別のものとして確認が必要
- 方針・マニュアル・相談窓口は「作った・設置した」だけでは機能しない
- 記録がなければ傾向分析も再発防止もできない
- 被害後のフォローがないと、従業員は次の被害でも我慢を続ける
- 経営の姿勢・現場の訓練・相談できる文化の3つが機能する体制の条件
- 「1回研修をやった」で終わらせず、定期的に繰り返す仕組みが必要
カスハラ研修の導入や体制整備の支援について、まずはお気軽にご相談ください。
参考:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2026年2月公表)

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