お客様の様子から、障害がある方かもしれないと感じる。
大きな声が続いている。同じ説明を何度も求められている。あるいは、身体を触られた——。
そのとき、現場のスタッフの多くはこう考えて動けなくなります。
「対応を切り上げたら、差別になるのではないか」
この迷いは、まじめに接客している人ほど強く出ます。そして迷っている間に、対応は長時間化し、スタッフは消耗していきます。
先にお伝えします。この問題は、もうすぐ「現場の判断」に委ねてよい問題ではなくなります。
2026年10月1日、この判断は企業の義務になります
改正労働施策総合推進法が 2026年10月1日に施行され、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務となります。労働者が1人でもいる事業者が対象です。
同法に基づく指針では、カスタマーハラスメントを次のように定義しています。
顧客等の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるもの
そして、この指針には障害のあるお客様について、明確な留意事項が置かれています。
障害者の求める合理的配慮を、事業主がカスハラと受け止めないよう、障害者差別解消法で禁止・義務化されている事項に留意し、「建設的対話」により適切に対応する必要がある
つまり国は、この2つを同時に求めています。
- 従業員をカスタマーハラスメントから守ること
- 障害のある方の配慮の求めを、カスハラと取り違えないこと
「どちらを優先するか」ではありません。両方を成立させる基準を、会社として持つことが求められています。
前提|合理的配慮は、すでに事業者の義務です
線引きの話に入る前に、土台を確認します。
障害者差別解消法により、事業者には次の2つが求められています。
| 内容 | 位置づけ |
|---|---|
| 不当な差別的取扱いの禁止 | 禁止 |
| 合理的配慮の提供 | 2024年4月から民間事業者も義務 |
合理的配慮とは、具体的にこういうことです
内閣府が公開している事例集では、サービス業における配慮として次のようなものが挙げられています。
- 段差がある場所での介助
- 高い棚の商品を代わりに取る
- メニューを写真つきでわかりやすく説明する
- 筆談で対応する
- レジで金額が見えるようにする、紙に書いて示す
いずれも、その方が他のお客様と同じようにサービスを受けられるようにするための調整です。特別な優遇ではありません。
そして、これは「してもしなくてもよいこと」ではありません
「障害があるから」を理由にサービスを断ることは、不当な差別的取扱いにあたります。
対応を打ち切る判断は、あくまでその言動が許容範囲を超えているかどうかで行うものであって、相手に障害があるかどうかで行うものではありません。
ここが、この記事全体のポイントです。
線引きの原則|「誰か」ではなく「何をしているか」で判断する
現場が混乱するのは、お客様の属性で判断しようとするからです。
「障害がありそうだから、強く言えない」「障害がありそうだから、長く付き合わなければ」
この考え方をしている限り、線引きはできません。障害の有無は、その場で確認できるものでもありません。
判断の軸は1つだけです。
その言動が、社会通念上許容される範囲を超えているか。
これは、障害の有無にかかわらず全員に同じ基準を当てるということです。同じ基準を当てることが、差別をしないということでもあります。
対比で整理する
| 合理的配慮の求め(応じるべきもの) | カスタマーハラスメント(対応すべきもの) |
|---|---|
| 「ゆっくり説明してほしい」 | 同じ説明を延々と繰り返させ、長時間拘束する |
| 「紙に書いて教えてほしい」 | 書いて渡しても納得せず、担当者を代えろと要求し続ける |
| 「静かな場所で待ちたい」 | 他のお客様の迷惑になる大声を出し続ける |
| 「順番を配慮してほしい」 | 順番を守らないことを認めるよう強要する |
| 「わかりやすい言葉で話してほしい」 | 従業員の容姿や身体について繰り返し発言する |
| 「手を貸してほしい」 | 従業員の身体に繰り返し接触する |
左側は、社会的な障壁を取り除いてほしいという求めです。右側は、従業員の就業環境を害す言動です。
左側に応じることは義務です。右側に対応することも、10月からは義務です。この2つは矛盾しません。
判断に迷う3つの場面
実際に現場で起きやすい、判断が難しい場面を挙げます。
場面①|説明を何度も求められ、時間が長くなっている
配慮の側面: 一度の説明で理解することが難しい場合があります。ゆっくり話す、紙に書く、写真を示すといった方法を試すことは、合理的配慮にあたります。
カスハラに転じる点: 説明方法を変えても納得が得られず、時間の制限なく拘束される状態は、配慮の範囲を超えます。
現場での対応: 対応時間の上限をあらかじめ決めておきます。「あと10分でご案内を終わります」と先に伝えるほうが、双方にとって明確です。
場面②|大きな声、強い口調が続いている
配慮の側面: 声の大きさをコントロールすることが難しい場合があります。声が大きいこと自体は、ハラスメントではありません。
カスハラに転じる点: 内容が人格の否定や脅しにあたる場合、または他のお客様の利用を妨げる状態が続く場合です。
現場での対応: 音量ではなく内容で判断します。別室や静かな場所へ移動を案内することは、配慮としても有効です。
場面③|身体を触られる、性的な発言をされる
ここは、多くの記事が避ける部分です。しかし実際に現場で最も相談が多い場面のひとつであり、避けたままでは対応できません。
配慮の側面: 距離感や、言っていいことの線引きを学ぶ機会がなかった場合、悪意なく踏み込んでしまうことがあります。相手が嫌がっているサインを読み取ることが難しい場合もあります。
しかし——
カスハラにあたる点: 悪意の有無にかかわらず、従業員が身体接触や性的な発言を受け続ける状態は、就業環境が害されている状態です。事業主には、これを放置しない義務があります。
「悪意がないこと」と「従業員が我慢すべきこと」は、まったく別の話です。
現場での対応: 曖昧に受け流さず、短く具体的に伝えることが有効です。詳細は次章で扱います。
相手がお客様ではなく同じ職場で働く方の場合は、「知的障害のある方からハラスメントを受けたとき」で詳しく解説しています。
現場で、その場でどう伝えるか
障害の有無にかかわらず有効ですが、特に伝わりやすい形があります。遠回しな断り方は、意図が伝わらないまま繰り返しを招きます。
| 伝わりにくい | 伝わりやすい |
|---|---|
| 「ちょっと困ります……」 | 「体に触らないでください」 |
| 「そういうのは、ちょっと」 | 「体のお話はできません」 |
| 「もうそろそろ……」 | 「あと10分でご案内を終わります」 |
| 「他のお客様もいらっしゃるので」 | 「こちらの席へ移動してください」 |
ポイントは3つです。
短く言い切る
「〜していただけると助かるのですが」ではなく、「〜してください」と言い切ります。丁寧さは語尾ではなく、声のトーンで担保します。
代わりの行動をセットで伝える
禁止だけでは、どうすればいいかわかりません。
×「触らないでください」
○「触らないでください。何かご用があるときは、声をかけてください」
一人で対応し続けない
繰り返しがある場合は、その場で複数名の対応に切り替えます。これは相手を警戒しているからではなく、記録と判断を一人に背負わせないためです。
10月までに、会社が整えておくこと
指針が事業主に求めている措置のうち、障害のあるお客様への対応で特に重要なものを挙げます。
| # | 措置 | この文脈での意味 |
|---|---|---|
| 1 | 従業員保護の方針を明確化し、周知する | 「お客様だから我慢」を組織として否定する |
| 2 | 対処方法を策定し、周知する | 現場の判断に委ねない。基準を会社が持つ |
| 3 | 一人で対応させず、管理監督者が代わる体制 | 場面③のような事案で特に重要 |
| 4 | やり取りの記録(録音・録画は個人情報に留意) | 「言った・言わない」を防ぐ |
| 5 | 犯罪行為にあたる場合の警察への通報 | 身体接触などで判断が必要になる |
| 6 | 従業員からの相談への迅速な対応 | 相談が現場で止まる状態をなくす |
| 7 | 再発防止措置 | 同一のお客様への対応方針を決めておく |
特に決めておきたい3点
「障害がありそうな場合」の判断基準を、属性ではなく言動で書く マニュアルに「障害のあるお客様の場合は〜」と書くと、現場は属性で判断しようとします。「こういう言動があった場合は〜」と書くほうが、差別を避けつつ現場が動けます。
合理的配慮のメニューを先に用意しておく 筆談ボード、写真つきの案内、静かな待機スペース。配慮の選択肢を先に持っていれば、「配慮の求め」の段階で解決でき、こじれません。 これが最も効果的な予防策です。
対応を打ち切る基準を、事前にチームで共有する その場の判断に委ねると、スタッフは「差別になるのでは」と迷って動けません。基準があること自体が、スタッフを守ります。
体制整備の進め方については「カスハラ研修を入れる前に会社が整えるべき3つのこと」、マニュアルの作り方については「カスハラ対応マニュアルが現場で機能しない理由」もあわせてご覧ください。
「配慮すること」と「守ること」は両立します
この記事で最もお伝えしたいのは、この一点です。
現場では、次の2つが対立するものとして語られがちです。
- 障害のあるお客様に配慮すること
- 従業員をハラスメントから守ること
この2つは対立しません。 対立して見えるのは、判断の軸を「お客様が誰か」に置いているからです。
軸を「その言動が許容範囲を超えているか」に置き直せば、両方が同時に成立します。障害の有無にかかわらず同じ基準を当てることが、差別をしないということであり、同時に従業員を守るということでもあります。
そして、配慮の選択肢を先に用意しておくことが、結果的にトラブルを減らします。筆談ボードが1枚あるだけで、長時間の押し問答が起きずに済むことがあります。
まとめ
- 2026年10月1日、カスハラ対策が事業主の義務になります(労働者1人以上の事業者が対象)
- 指針は「障害者の求める合理的配慮をカスハラと受け止めないよう」明記しています
- 合理的配慮の提供は、2024年4月から民間事業者にも義務づけられています
- 「障害があるから」を理由にサービスを断ることは、不当な差別的取扱いにあたります
- 線引きは「その人が誰か」ではなく「その言動が何か」で行います
- 悪意がないことと、従業員が我慢すべきことは、別の話です
- 伝えるときは、短く言い切り、代わりの行動をセットにします
- マニュアルは属性ではなく言動で書く。配慮の選択肢を先に用意しておく
判断基準を持たないまま10月を迎えると、現場は「差別になるのでは」という迷いを抱えたまま対応を続けることになります。基準を持つことが、お客様と従業員の双方を守ります。
こんな声も、よくいただきます
「もっと詳細な事例を知りたい」 本記事で扱ったのは、多くの業種に共通する典型的な場面です。実際に起きることは、業種や店舗の状況によって変わります。「うちの現場で起きているケースに近い事例」を知りたい、というご相談です。
「自社ではどんな研修が必要か知りたい」 現場スタッフ向けの対応訓練が先か、管理職の判断基準の整備が先か、あるいはマニュアルの見直しからか。状況によって順番は変わります。
どちらも、現状を少しうかがうだけで具体的にお答えできます。「10月に向けて何から手をつければいいかわからない」という段階でも構いません。
参考:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」/内閣府「合理的配慮等具体例データ集(合理的配慮サーチ)」