「クレームはどこからカスハラになるのか」——この問いに、自信を持って答えられる管理職は意外と少ないものです。言葉として知っていても、実際の現場でどこから「カスタマーハラスメントだ」と判断するのかは難しい場面があります。
特に問題になるのは、明らかな暴言や脅しではなく、「正当な要求のように見えるが、やり方がおかしい」というグレーゾーンです。このグレーゾーンで現場スタッフが我慢を続け、気づいたときには疲弊していたり、離職していたりするケースが後を絶ちません。
この記事では、カスタマーハラスメントの定義を整理した上で、正当なクレームとの違いを分ける考え方と、現場で判断に迷う場面の対処法を解説します。
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カスハラ(カスタマーハラスメント)とは
厚生労働省による定義
カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)は、厚生労働省によって次のように定義されています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、要求の内容の妥当性に照らして、その要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、労働者の就業環境が害されるもの」
判断には2つの軸があります。
軸①:要求の内容が妥当かどうか
商品・サービスの不具合に関する正当な苦情は、要求の内容として妥当とされます。
軸②:要求を実現するための手段・態様が社会通念上相当かどうか
内容が正当であっても、実現しようとする手段が社会通念上許容される範囲を超えていれば、カスハラに該当します。
「クレームの内容が正しければカスハラにはならない」という認識は、ここでの判断と異なります。内容と手段の両方を見て判断する必要があります。
なぜ今、カスハラが問題になっているのか
厚生労働省の調査によれば、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談があったと回答した企業は27.9%で、前回調査(2020年度)に比べて8.4ポイント増加しています。
「お客様は神様」という文化が根強い業界では、現場スタッフがカスハラを「我慢すべきもの」として受け止めやすい傾向があります。また、SNSの普及により、従業員を特定して攻撃するといった新しい形の迷惑行為も増えています。
こうした背景から、2026年10月にはカスハラ対策が事業主の義務として法律に定められました。
正当なクレームとカスハラの違い
「内容」ではなく「手段・態様」で分かれる
カスハラとクレームを分けるのは「何を求めているか」ではなく「どのように求めているか」です。
たとえば「購入した商品が不良品だったので返品したい」という要求は、内容として正当です。しかし「返品しなければSNSに晒す」「担当者に土下座させろ」という手段・態様は社会通念上不相当であり、カスハラに該当します。
手段が穏当であれば、多少強い内容の要求であっても、まずは正当なクレームとして誠実に対応することが基本的な姿勢です。
判断の4象限

この4象限を共通認識として持っておくことで、現場での判断がしやすくなります。
行為の類型(厚生労働省の指針より)
カスハラに該当する主な行為として、以下が挙げられています。
- 暴言・侮辱(人格を否定する発言、怒鳴る、罵倒する)
- 長時間の拘束・居座り(営業時間外まで居座る、何時間も電話を切らない)
- 過剰・不当な要求(土下座の強要、無償交換・修理の強要、金品の要求)
- 脅迫・恫喝(「訴える」「SNSに書く」「上の者を出せ」を繰り返す)
- SNSでの誹謗中傷・個人特定(従業員を特定して攻撃する投稿)
- 繰り返しの同内容クレーム(解決済みの内容を執拗に繰り返す)
- 身体的な接触(押す、物を投げる、触れる)
現場で最も迷うグレーゾーン3つ
カスハラ対応の難しさは、明確な暴言や脅しよりも、「これは我慢すべきことなのか」という判断が難しいグレーゾーンが多い点にあります。現場でよく直面する3つのパターンを整理します。
グレーゾーン1|何度もクレームを入れてくる顧客
毎回の内容は「商品の質が悪い」「接客が気に入らない」など、個々には正当に見えるクレームかもしれません。しかし、対応のたびに頻度と強度がエスカレートしているケースがあります。
判断のポイントは「目的」にあります。正当なクレームは改善を求めるものですが、繰り返しの過剰なクレームが「相手を困らせること」を目的としている場合、カスハラと判断する根拠になります。
複数のスタッフが「あの方の対応は避けたい」と感じるようになったとき、それは組織として状況を確認するサインです。
グレーゾーン2|怒鳴ってはいないが強圧的・威圧的な態度
「声を荒げていないからカスハラではない」という認識は正確ではありません。見下した言い方、溜め息をついて無言でにらむ、「あなたではわからないから上の人を呼べ」を繰り返す——こうした態度も、スタッフに萎縮・恐怖・消耗をもたらします。
「就業環境が害される」という要件は、スタッフが不安や恐怖を感じることで満たされます。「怒鳴られていないから我慢するように」という対応は、状況の改善につながりません。
判断の目安:対応したスタッフが「萎縮した」「怖かった」「消耗した」と感じているなら、一つのシグナルとして受け取ってください。
グレーゾーン3|話が終わらない、長時間にわたる対応
「話を聞いてほしい」という姿勢ながら、対応が2時間、3時間と続くケースがあります。個々の発言に暴言がなくても、長時間の拘束は「就業環境を害する」に該当する場合があります。
企業として対応時間の上限を設けることは正当な対応です。「本日はここまでとさせていただきます」と伝えて切り上げることは、失礼でも不誠実でもありません。
判断に迷ったときに現場が使える3つの問い
グレーゾーンに直面したとき、現場のスタッフや管理職が確認に使える問いを3つ示します。
問い1:「対応したスタッフは萎縮・恐怖・消耗を感じているか?」
気持ちの問題ではなく、就業環境への影響として受け取ります。
問い2:「他のスタッフが同じ状況でも、同様に感じるか?」
一人の感受性の問題なのか、状況として問題があるのかを確認する視点です。「気にしすぎ」という誤った評価を防ぐことができます。
問い3:「この対応を続けることで、業務や他のスタッフへの影響が出ているか?」
長時間化・繰り返しによって、組織としての損失が生じていないかを確認します。
3つのうち2つ以上が「はい」であれば、個人が我慢する問題ではなく、組織として対応を検討する段階です。
カスハラを放置した場合のリスク
カスハラが「大したことはない」「お客様だから仕方ない」と判断されて放置され続けると、複数のリスクが生じます。
まず、被害を受けたスタッフのメンタル不調・離職リスクが高まります。繰り返し被害を受けながら我慢してきた従業員が、ある日突然出勤できなくなるケースは珍しくありません。
次に、採用面での影響があります。「あの会社はカスハラがあっても守ってくれない」という評判は求職者に伝わりやすく、採用力に影響します。
2026年10月の義務化以降は、対策を怠った企業が行政指導の対象となる可能性があります。また、会社がカスハラから従業員を保護する義務を怠ったとして、損害賠償を求められる法的リスクも存在します。
義務化対応の詳細については、義務化対応で陥りやすい落とし穴を整理した記事もあわせてご確認ください。
企業として最初に整えるべきこと
カスハラへの対応を組織として進めるための第一歩は、3つあります。
「カスハラ」を社内の共通言語にする
定義と判断基準を全員に共有することが起点です。「クレームとの違いがわからない」という状況では、現場が判断できません。
判断基準を現場に落とす
この記事で紹介した2軸・3つの問いを、研修やマニュアルを通じて現場に届けます。
「報告・相談してよい」という文化を作る
カスハラを受けたことを報告したスタッフが適切に扱われる経験が積み重なることで、問題が水面下に潜らなくなります。
まとめ
この記事のポイントを整理します。
- カスハラとクレームを分けるのは「要求の内容」ではなく「手段・態様の妥当性」
- 内容が正当でも、手段が不相当であればカスハラに該当する
- 声を荒げていない威圧的な態度、繰り返しクレーム、長時間の拘束もカスハラに該当しうる
- 「萎縮・恐怖・消耗」「他のスタッフも同様か」「業務への影響」の3つの問いで判断を整理できる
- カスハラの放置は離職・採用ブランド・法的リスクにつながる
- まず「共通言語・判断基準・相談できる文化」の3点から整えることが組織の起点になる
カスハラ判断基準の社内共有や現場向け研修について、まずはお気軽にご相談ください。
参考:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」、改正労働施策総合推進法(2026年10月施行)

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